ミニマリスト佐々木典士さん“モノを減らす”となにが変わった?

ミニマリスト*断捨離
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こんにちは!

くらしをたのしもう!あおです。

何年か前、ニュース番組の中の1コーナーだったかな。
“ミニマリスト佐々木典士さん”
という方の生活スタイルを紹介していました。

ミニマリスト、という言葉を聞くようになり、
気になり始めていた頃です。

わたしがミニマリストとはどんな人なのかをなんとなく知ったのは、
佐々木さんのこの番組がきっかけです。

“ぼくはモノを減らすことで何もかもが変わり、なぜか毎日「幸せ」を感じられるまでになってしまった。”

テレビに映しだされるその光景は
衝撃的で、ワクワクでした。

 

部屋には、なんにもないがらんとしたお部屋。
押入れから出してきたのはクッションにもなるベットマット。

その上でテレビの代わりに3Dヘッドシアターをみている佐々木さん。

お風呂は てぬぐい一枚 でこと足りている、
とおっしゃていたり。

 

だしてきた小さい箱?(何かを忘れました)を食卓にし、食事をされている姿に
食事は修行だ、という言葉を思い出す。

 

玄関に置かれた、トレーの上には、眼鏡、鍵が
お店のショーケースで飾られているかの如く
美しく置かれていた。

 

必要なものが厳選されておかれていること。
それらが美しくそこにある、ということに感動した。

日常がアート!

 

ものとの付き合い方が、心につながっている。

そう感じたのでした。

 

 

ぼくたちに、もうモノは必要ナイ。

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テレビをみてすぐに
佐々木さん著書『ぼくたちに、もうモノは必要ナイ。』
を読みました。

【ミニマリスト宣言!!】
持ちモノを自分に必要な最小限にする「ミニマリスト」という生き方。

ぼくはモノを減らすことで何もかもが変わり、なぜか毎日「幸せ」を感じられるまでになってしまった。

誰かと比べてばかりいて、みじめだった。将来への不安で、ずっと停滞していた自分が動きはじめた。

最小限にしたからこそ、見えてくる本当の豊かさ。モノが少ない幸せがあることを知った。 モノも情報もあまりに複雑化した現代。

そのノイズに阻まれて、本当に自分に何が必要なのか、何を大事にしたいのかさえわかりにくくなっている。

できるだけ多くのモノを手に入れるのが唯一の正解だった時代はもう終わった。

それがほんとうの「幸せ」にはつながらないことをなんとなくみんなが気づき始めている。

生き方にはもっと自由な選択肢があっていいはず。

他人の目線ばかり気にした世界から、自分の声に耳を澄ませてみること。

断捨離からミニマリストへ。

終わりのないモノへの追求から一度思いっきり距離をとってみること。

これはもう一度「幸せ」について考え始めることに他ならない。

幸せのかたちがみえる

 

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あぁ~、落ち着く〜。

「捨て変態 ゆるりまい」×「ミニマリスト 佐々木典士」対談より

(写真はゆるりまいさんのおうち)

 

 

日常の中で
たくさんのものに囲まれているけれど
その1つ1つに向き合った時。

これからも付き合っていくのか
捨ててもいいのか。

この自問自答は私も何度も経験してきました。
その時は〇だったけど
数年たてば不要だとわかった、など
少しずつ判断が進化していきました。

実際にやってみると、
何度も壁にぶちあたりますが

だんだんわかってくることがあります

 

捨てても困らない

 

そして、モノと向き合い始めると

気に行ったものがあればそれだけでいい

気に行ったものしかない持たないことってワクワクする

 

こんな気持ちがドンドンわいてきますね
そして、それがとても幸せだということに
気がつきました。

 

気にいって買ったのに、
どこにあるかわからない

気にいって買ったのに
袋に入ったまま使っていない。

こんなもったいない出来事は
損をしている、としか今では思えません。
私はそんな期間の方が長かったです。

 

そんなことになるくらいなら、
買わないほうがいい、と今なら判断できます。

モノを買う、
という時点で単に欲求がみたされているのかもしれません。
(でもこれは、片づけだすと、なくなる可能性は高いです)

モノと向き合って、
お気に入りばかりに囲まれる暮らしまで
私はなかなか辿り着かないと感じていますが
でもすこしづつでも近づいていきたい、と思います。

まとめ

佐々木さんのように必要最小限で暮らすと
みえてくるものがあるようです。

 

束縛されないから
自由に身動き出来る。

これっていいな、と思います。

だからといって、
モノがあることが悪いわけではありません。

めんどくさいから、モノをあまり持ちたくない
という気持ちがあります。
モノが多いほどめんどうをみなければいけない。
ということは常に心にあります。
自分で手に負えないものは持たないほうがいい、
と思っています。

どうしてもほしいなら、自分がきちんと管理・お手入れできるようにしないといけないと。
自分の好きなものならば、管理・お手入れはきっと行き届く。
思い入れがないモノを買ってしまうと
無関心で、お手入れする気にもならないし、
モノに対して愛着がわかないからすぐに壊れることもあります。

 

モノとの付き合い方って大事だな、と考えます。

 

モノがない=手入れが減り、掃除がしやすくなる
その先にいってみたい、と最近また思います。

いただいた刺激をうけて

再び

モノと向き合っていきたいと思います

 

※早速昨日さよならしたもの

■無印良品の落ちワタフキンを新しいのと交換で。
古いものはキッチン掃除に使って捨てた。

■木製のお湯のみ2つ
デザインや材質が気に行って買ったものの、
お茶の時間がないわが家では不要。
食事時にも不向き。
小さな植物をいれてみたい衝動にかられるが
小さな植物を引き立てる置き場所もないので処分。
小さな植物を育てるときに探せばよいので捨てた。

 

お読みいただきありがとうございます!

2018.佐々木さんの新刊がでました!

【『ぼくたちは習慣でできている』は“習慣のトリセツ”?】

【ミニマリスト・ぼく習】ミニマリスト佐々木さんのブログに記事を紹介してもらいました!

 

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